3代目清玄 川野大樹
もうすぐブログを書いて2年が経とうとしていますが、河清刃物のブログを書いている「3代目」ってどんな人間なのか「河清刃物の頼れるスタッフ紹介」でほんの少し書いただけでしたので、今更な気もしますが自己紹介を兼ねて今回は「3代目清玄 川野大樹」について書きたいと思います。
どうしてこの世界に入ったのか
世間一般で言われる、後を継ぐというのが1番の理由だったと思います。
19歳の時に祖父(初代)からかなり強引に「日本一の鑿・彫刻刀鍛冶にならないか」と誘われ、何もやりたい事がなかった自分は、その言葉に強烈に惹かれたのを今でも憶えています。
それをきっかけに20歳の時に河清刃物に入社しました。
仕事への向き合い方
技術者として日々の製造の中で今の技術に満足しないよう心掛けています。
また、一昨年の7月に社長を継ぎ、いち技術者としてだけでなく経営者としても仕事に向き合うようになりました。
越後与板打刃物の技術を継承しながらも製造行程の中で「効率」も意識するようになったのは経営者としての自覚を持ってからのことだと思います。
社長を継ぐ前と継いだ後の変化
社長を継ぐ前は自分のやりたい事だけを考え、日々の製造作業をこなす毎日でした。
20代の頃は企画を考えては2代目に相談して却下される日々でしたが、30代あたりから結構自由に色んなことをさせてもらえるようになりました。
ただ、今思うとそれに対しての責任という意味ではまだまだ甘かったのかなと思います(その頃の自分としては一応責任を持っていたつもりだったのですが…)。
社長になってからはその「責任」というのが如何に必要なのかを痛感しました。
社長になっても日々の仕事はほとんど変わりませんが、製造でも経営でも意識するところが変わったと思います。
社員に対する思い
まずは、汚くて危ない仕事なのに日々頑張っていただいていることに感謝しかないです。
また、みんな段取りが良く、私が予想している作業時間よりも全然早く作業をこなしてくれるので本当に助かっています。
みんな頼れるスタッフです。これからもよろしくお願いします。
まとめ
自分の事を自分で書くのは気持ち悪いですね(笑)最後まで読んでいただきありがとうございました。
今は祖父に言われた「日本一の鑿・彫刻刀鍛冶にならないか」という言葉を現実にするために日々社員とともに頑張っています。
皆さんが木彫りを楽しんでいただけるよう製品を作るのはもちろん、このブログでもお客様に役立つ情報を発信し続けていきますので、これからもお付き合いいただけたら幸いです。